2026年5月24日日曜日

鎌倉道 上道(南町田からゆめが丘)

地元の祭りで町田の歴史に詳しい人と話した時、
「鶴間小学校の前の道、新田軍が通った鎌倉街道だよ」
と聞いて、いつかは鎌倉まで歩いてみたいなと思ってました。

鎌倉街道がそもそも何かよくわかってないので調べてみたら鎌倉街道っていくつもあって、どの道かも曖昧らしい。
昔の街道は「目的地+道」という呼び名だったので、国道246も西に向かう場合は大山道、東に向かう場合は江戸道と呼ばれていたとか。
なので鎌倉街道は鎌倉から放射状に何本もある。

その中で上道(かみつみち)、中道(なかつみち)、下道(しもつみち)が有名で、近所を通っているのは上道。群馬から埼玉、東京を経由している。

南町田から瀬谷まで、瀬谷からゆめが丘まで行きました。5km+8km
水道みちと違って鎌倉街道は700年前の道なのでもう道が無かったり色々な説があったりするようで、なのであくまで一つの(一般的な)ルートをたどります。

GoogleMap


そんなわけで鶴間小学校の前からスタート(地図の上の青い丸)。

鎌倉街道はここから藤沢の手前くらいまでは境川沿いを通っていた道のようです。

左奥の歩道橋から246を超えます。
このあたりの国道246号は1990年ごろ大山道の代わりに作られた新しい国道です。
それもあって246周辺の鎌倉街道は昔の形では残っていません。
残っていないなりにそれっぽい形跡を見て回るのが楽しいんですが。


246を渡って、246沿いを通るいかにもな左の用途の無い道。


その道の先の変な合流地点。
左から右を通るのは旧大山街道なのでおそらく鎌倉街道との交差点だった場所。

五貫目道祖神
安政三年(1856)年にこの道祖神が設置され現在二代目。


16号との交差点を渡り、釣り具の上州屋を越えて左に。


工場と工場の間の狭い道。車の通行に注意。

横浜市のマンホール蓋。おすい、あめ。


瀬谷柏尾道路との合流地点。


お風呂の王様の前あたりにある意味のない側道。
1960年代の航空写真を見るとこっちが鎌倉街道な気がする。

若宮八幡宮

ゆったりと曲がりくねったバス通りが続く。
この先で鎌倉街道がクランクで曲がるけど、ここの角を右に曲がった先に昔は繋がっててそっちが鎌倉街道だった可能性を感じる。

その角の道祖神。GoogleMapにも説明なし。


妙光寺

北向き地蔵。北を向いているお地蔵さんは珍しいらしい。
ここから鎌倉街道は右のわき道に入る。
行くときは間違えて左の道を瀬谷図書館まで直進してしまった。
なのでこの先は帰りに撮った写真(ルート順)

北向き地蔵に向かうクランクな道(進行方向と逆に撮影)

その手前の角(進行方向と逆に撮影)
つきあたりに道一本分の空き地があって数枚前の道祖神まで続いているのでそこまで道(鎌倉道?)があったんじゃないかなと思っている。

クランク

クランクのところにある瀬谷銀行跡。
このあたりは明治時代養蚕、製糸業が盛んだったらしく銀行が置かれていたらしい。
境川の向こう側には銀行坂と呼ばれる坂もある。

中屋敷地蔵尊

プロパン屋さん



横浜市名木古木ケヤキ

ここで帰宅。日曜日は瀬谷から。
相鉄を潜り

三叉路の真ん中に地神塔
境川の向こう側にも道の真ん中に道祖神が複数あり、この地区の傾向なのかも

ゆるいクランク

県道40号と瀬谷そば

稲荷神社

曲がり

左馬社

その前にある道祖神

ぐね

ぐね

県道45号を渡り

ぐね

ここから右に曲がって相沢川沿いを歩く。
このへんは史跡もないし歴史がありそうな建物もない。

相沢川

川から少し離れる

東海道新幹線を越えます(左奥にちょっと映ってる)

本興寺

左の細いほうの道に入ると

すぐに二十三夜塔・堅牢地神塔

不自然な細い道

保育園の裏道。古道のにおいがする。

バス通りのブリヂストン

良いバス停

飯田神社の地蔵堂

ぐね

良い道

神明神社

高低差

上飯田公園

下りながら曲がる。旧道感

上りながら曲がる

左の曲がる

〇〇下り坂から左

無量寺

玄関でかい

旧道は右

かなり良い道

日枝社の入り口の石碑。天明8年(248年前)のもの。

松尾芭蕉門下の俳諧人美濃口春鴻ゆかりの地とのこと

の前の松


水路水門


ゆめが丘の駅から帰ります。
次はこの左の道から。


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