地元の祭りで町田の歴史に詳しい人と話した時、
「鶴間小学校の前の道、新田軍が通った鎌倉街道だよ」
と聞いて、いつかは鎌倉まで歩いてみたいなと思ってました。
鎌倉街道がそもそも何かよくわかってないので調べてみたら鎌倉街道っていくつもあって、どの道かも曖昧らしい。
昔の街道は「目的地+道」という呼び名だったので、国道246も西に向かう場合は大山道、東に向かう場合は江戸道と呼ばれていたとか。
なので鎌倉街道は鎌倉から放射状に何本もある。
その中で上道(かみつみち)、中道(なかつみち)、下道(しもつみち)が有名で、近所を通っているのは上道。群馬から埼玉、東京を経由している。
南町田から瀬谷まで、瀬谷からゆめが丘まで行きました。5km+8km
水道みちと違って鎌倉街道は700年前の道なのでもう道が無かったり色々な説があったりするようで、なのであくまで一つの(一般的な)ルートをたどります。
そんなわけで鶴間小学校の前からスタート(地図の上の青い丸)。
鎌倉街道はここから藤沢の手前くらいまでは境川沿いを通っていた道のようです。
左奥の歩道橋から246を超えます。このあたりの国道246号は1990年ごろ大山道の代わりに作られた新しい国道です。
それもあって246周辺の鎌倉街道は昔の形では残っていません。
残っていないなりにそれっぽい形跡を見て回るのが楽しいんですが。
246を渡って、246沿いを通るいかにもな左の用途の無い道。
その道の先の変な合流地点。
左から右を通るのは旧大山街道なのでおそらく鎌倉街道との交差点だった場所。
五貫目道祖神
安政三年(1856)年にこの道祖神が設置され現在二代目。
工場と工場の間の狭い道。車の通行に注意。
横浜市のマンホール蓋。おすい、あめ。1960年代の航空写真を見るとこっちが鎌倉街道な気がする。
若宮八幡宮
ゆったりと曲がりくねったバス通りが続く。
この先で鎌倉街道がクランクで曲がるけど、ここの角を右に曲がった先に昔は繋がっててそっちが鎌倉街道だった可能性を感じる。その角の道祖神。GoogleMapにも説明なし。
北向き地蔵。北を向いているお地蔵さんは珍しいらしい。
ここから鎌倉街道は右のわき道に入る。
行くときは間違えて左の道を瀬谷図書館まで直進してしまった。
なのでこの先は帰りに撮った写真(ルート順)北向き地蔵に向かうクランクな道(進行方向と逆に撮影)その手前の角(進行方向と逆に撮影)
つきあたりに道一本分の空き地があって数枚前の道祖神まで続いているのでそこまで道(鎌倉道?)があったんじゃないかなと思っている。クランククランクのところにある瀬谷銀行跡。
このあたりは明治時代養蚕、製糸業が盛んだったらしく銀行が置かれていたらしい。
境川の向こう側には銀行坂と呼ばれる坂もある。
ここで帰宅。日曜日は瀬谷から。
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