ゴールデンウィーク中、時間があったので水道みちをたどってきました。
水道みちは明治時代、横浜に飲み水の需要が増え、水を運ぶために山から街まで鉄管を繋いで水を運んだ日本で初めての上水道です。
山から海までほぼ一直線に作られていて今は遊歩道か公道になっているので地図で見てもすぐわかる。
水道工事の際、水道管を運ぶのにトロッコを通していたのでトロッコ道とも呼ばれています。
以前、海側の最終地点(野毛山浄水場)までは歩いたので、今日は国道246から水源の津久井湖を目標に歩いた。
今回のスタート地点の銀河歩道橋(国道246号)の周りにはいくつか展示物があります。
・獅子頭共同栓(ししがしら共同栓)
上水道を作った時、まだ各家庭に蛇口を引くような工事まではできなかったので共用の水道口として明治時代に使われたらしい(参考:タイムスリップ横浜)。
⑭ 国道 246 号線バイパス際 鶴間村(町田市鶴間4丁目6)
横浜市水道局が水道みちの案内板を道沿いに設置してくれています。
この案内板を全て見つけて水源まで行くのが今日の目標。
案内板は全部で26個あって、番号はの上流から順に番号が付いています(資料:横浜水道創設導水路)
案内板は全部で26個あって、番号はの上流から順に番号が付いています(資料:横浜水道創設導水路)
子供が上に乗って遊んだりしてる。
⑬ 鶴間公園内 鶴間村 (町田市鶴間3丁目1)
ちなみに水道みちができてから140年ほどたっていますが、水道管の交換をしながら今も横浜市の上水道として利用されているようです。
⑫ さくら散歩道公園内 下鶴間村 (大和市下鶴間 1454)
大正時代の上水道工事のとき上水を一時的に止めるために作られた仕切弁
⑪ 相模原水道遊園地内 上鶴間村 (相模原市南区東林間5丁目7)
ここからしばらく案内板なし。
小田急小田原線を超えるとアメリカ陸軍住宅地域の敷地で通り抜けられない。
GoogleMapで見ると水道みちは敷地内でも道になってる。
⑩ 双葉遊園地内 磯部村 (相模原市南区双葉2丁目 1028)
⑨ 女子美術大学付近 下溝村 (相模原市南区麻溝台 1900)
女子美大敷地を抜ける
⑧付近 堂山橋際(道保川) 下溝村 (相模原市南区下溝 2096 )
案内板を見逃していたので戻って写真
⑦ あざみがや交差点 当麻村(相模原市南区当麻 1102)
ここから4.5キロ案内板無し
④ 老人福祉センター渓松園内 大島村 (相模原市緑区大島 3339 )
② 小倉橋付近 川尻村 (相模原市緑区川尻 1130)
ダム
津久井湖
① ボート乗り場 三井村 (相模原市緑区三井 58)
バスを乗り継いで橋本駅から帰ります。
この案内板の場所には史跡らしいものは何も見つからない。
開通当時、上水が汲みだされていたのはちょっと上流の三井用水取入所っていう沼本ダムの場所。
ボートでしか行けないんだけど去年は渇水で取入所見えてたし強引に行けば取入所まで行けたらしい(写真)。
ボートでしか行けないんだけど去年は渇水で取入所見えてたし強引に行けば取入所まで行けたらしい(写真)。
現在の上水道は下の地図の赤い線。沼本ダムから谷ケ原浄水場経由。2つの湖を結ぶ縦の赤い線は上の城山湖(人工湖)と津久井湖(人工湖)との間の揚水発電の水道。
明治の上水のルートもほぼこんな感じだけど(参考サイト)揚水発電のあたりはもっと下、現在は湖があるあたりを通っていたかも。
津久井湖記念館に行けばもっと詳しいことがわかりそう。
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